fuman999’s diary

守護神を持とう‼️敬天明神会

野球部の話です。興味の無い方は見なくても良いです〜敬天明神会

高三の春、野球部の最高学年になり、4番を任されていました。しかし、私は監督と相性が悪く、又、私も血気盛んな時だったので、大嫌いでした。

春の大会の3ヶ月前、監督の犬であるキャプテンを無視して、皆を集め、監督の言う事は聞くな。

あいつの指導では、皆が上達せん。

分からん事は俺が教えたると言って、皆がその通りになりました。

それを風の噂で聞いたキャプテンが、私に喧嘩を売ってきたので、これでもかと言わんはがり、殴り続けました。

負けたキャプテンは、監督にチクリました。

そして、春の大会、私は4番所か補欠にされました。

怒り狂った私は、バットでヘルメットを全部潰していきました。

コーチが身体を張って私を止めます。

コーチとは仲が良かったので、なんとか怒りが鎮まりましたが、バットを監督に投げつけました!

もう少しで、当たっていました。惜しかったです。

コーチは悟るように私に話してきました。

【このままじゃ、夏の大会にも出られずに終わるぞ!

監督の言う事を聞け!!!】と言われました。

あんな下手くそな監督、見たことがない。

1年、2年ずっと思っていました。

コーチから我慢しろ!と悟られました。

愛情を感じたので冷静になり、

この時は、ベンチには入らず、勝手に帰りました。

私の思春期の反抗心は凄まじいものがありました。

野球をやっているから、それで発散していましたが、

もし、野球をやってなかったらと思うと、自分でもゾッとします。

その日の夜、電話がかかってきました。

監督です。ロレツが回っていません!酒を飲んでると、すぐに分かりました。気の弱いジジーです。

【お前みたいな生徒はなぁ!生まれて初めてじゃ!!】

すぐに母に電話を渡して、母が怒って何かを言っていました。

春の大会は、ベスト4で終わりました。

無論、私は出ていません。

私が出ていたら優勝していたでしょう。

それから、私は最後の夏、もし外されたら、殺してしまうかもしれんと自分で思って、ゾッとしたので、

形だけ言う事を聞いていました。

それから練習試合には出してくれていましたが、サインなど無視です。見る気すらありません。

自分で考えてやっていました。

夏の大会の予選、決勝まで行きましたが、準優勝でした。全てアホな監督の采配のせいです。コーチが監督なら甲子園でした。私の野球の青春は終わりました。

大学や社会人のスカウトの人達は、私に名刺をくれましたが、大学は論外。又、年収の低い社会人の野球部でしたので長い目で見て儲からないと判断し、又、 総務部などで働きたくはありませんし、上司から命令されるサラリーマンはしたくなかったので断念。プロにはなれる器ではないと感じていたので。年収の高い社会人の野球部なら、入社していたかもしれませんが、もう燃えつきていて、野球はしたくなく、独立して早く違う道で金を稼ぎたかったので。で、19歳の年は地獄を見ましたが、今の道に進んで良かったと思っています。ちなみに当時、プロのスカウトはありませんでした。 今更思うのは、全て真願【白龍】の手の平の上だったと言う事です。 総裁 フーマン 拝